10年前の防災マニュアルは危険|今との違いとコンプライアンスのリスク

皆さん、こんにちは。Fire Risk Management(FRM)(ファイヤーリスクマネジメント)の松永浩行です。

会社の棚やキャビネットに、10年以上前に作った防災マニュアル(消防計画)が、そのまま眠っていませんか。作ったのは当時の担当者、内容は当時のまま、もう何年も誰も開いていない——。今日お伝えしたいのは、それが「ただの古い紙」では済まない、ということです。機能しない防災マニュアルは、いまや防災の問題ではなく、御社をコンプライアンス違反から守れるかどうかの問題になっています。査察で30年、現場を見てきた立場から、その理由と対処を整理します。

目次

この10年で、防災の「前提」はこれだけ変わった

まず、10年前のマニュアルが「今と違う」理由から。この10年で、企業防災を取り巻く法令や前提が、次々と変わりました。

  • 避難情報の呼び方が変わった(2021年)。 災害対策基本法の改正で、「避難勧告」と「避難指示」が「避難指示」に一本化されました。10年前のマニュアルには、いまは存在しない「避難勧告が出たら〜」という記述が、まだ残っているはずです。発令の言葉が実際と食い違う手順書は、いざというとき現場を迷わせます。
  • 感染症が、防災に組み込まれた(2020年〜)。 かつてのBCP(事業継続計画)は地震・火災・水害が中心で、感染症対応はほとんど入っていませんでした。コロナ以降、感染症は防災・事業継続の必須項目になりました。10年前のマニュアルには、この観点がまず入っていません。
  • 災害の「想定」そのものが更新された(2025年)。 内閣府は2025年3月、南海トラフ地震の被害想定を約10年ぶりに見直しました。10年前の想定を前提にした備えは、すでに古い数字の上に立っています。
  • 社会全体で、避難の義務が強化された(2017年)。 水防法・土砂災害防止法の改正で、浸水想定区域内の一定の施設に避難確保計画の作成が義務づけられるなど、「備えは自己責任」から「法で求められるもの」へと、流れが変わりました。

つまり、10年前のマニュアルは、今の法令にも、今の災害の前提にも、追いついていないのです。

消防法上、古い消防計画は「不備」になり得る

防災マニュアルの中核である消防計画は、思い出(記念品)ではありません。法律にもとづく義務です。

消防法第8条にもとづき、一定規模以上の事業所では、防火管理者が消防計画を作成し、所轄の消防へ届け出ることが義務づけられています。そして重要なのは、建物の増改築や、人員・体制の変化など、実情に変化が生じた場合は、消防計画を変更し、届け出なければならないという点です。

10年もあれば、担当者は替わり、人員は変わり、設備もレイアウトも変わります。にもかかわらず消防計画が当時のまま、変更届も出していない——これは、消防法上の不備です。査察でこの「実態との食い違い」は、すぐに見抜かれます。そして、届出を怠ったまま放置していれば、最終的に責任を問われるのは、防火管理者ではなく管理権原者、つまり経営者側です。

もう「防災」ではない。会社をコンプライアンス違反から守るもの

ここが、今日いちばん伝えたいことです。防災マニュアルの更新は、もはや「防災に備える」ためだけのものではありません。御社を、コンプライアンス違反という経営リスクから守るためのものです。理由は2つあります。

ひとつは、いま述べた消防法上の義務。実態に合わない消防計画の放置は、法令違反であり、是正指導・命令の対象になり得ます。

もうひとつが、安全配慮義務です。労働契約法第5条は、「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。この「必要な配慮」の範囲は、社会通念や時代の変化に応じて広がってきており、現在では自然災害への備えや有事対応も含まれると解されています。

これが意味するのは、こういうことです。機能しない古いマニュアルのまま災害で従業員が被災すれば、「なぜ、実態に合う備えをしていなかったのか」と、安全配慮義務違反を問われかねない。 違反があれば、債務不履行(民法415条)にもとづく損害賠償の責任が生じ得ます。防災マニュアルは、もはや「良い会社の心がけ」ではなく、やっていないと会社が法的責任を負うものになった、ということです。(法的責任の個別判断は弁護士の領域です。ここでは一般的なリスクとして述べています。)

「機能しないマニュアル」の見分け方

では、自社のマニュアルが「機能しない=リスク」の状態かどうか。査察の視点で、見分けるサインを挙げます。ひとつでも当てはまれば、更新のサインです。

  • 記載された体制と、今の人員・役割が違う。 防火管理者や担当者が、すでにいない人の名前のまま。
  • 連絡網が古い。 退職・異動した人の番号が残り、いざというとき繋がらない。
  • 「避難勧告」など、今は使わない言葉が残っている。
  • 夜間・休日・少人数の時間帯の想定がない。 昼間・全員在席が前提のまま。
  • 感染症・水害・土砂災害の項目がない、または薄い。
  • 作ってから一度も、訓練で使っていない。 動かしていないマニュアルは、本番でも動きません。

取引先や元請からも、問われるようになった

コンプライアンスは、行政に対してだけの話ではありません。近年、大手のサプライチェーンでは、取引先に対して防災・BCPの体制を確認する動きが広がっています。「災害が起きても供給を止めないか」を問われたとき、10年前のマニュアルしか出せない工場は、取引の場面でも信用を落としかねません。

逆に、実態に合った、動く防災体制を示せる工場は、それ自体が選ばれる理由になります。防災マニュアルの更新は、行政・従業員・取引先という三方向に対して「会社の信用」を守る投資でもあるのです。

更新は「コスト」ではなく「会社を守る投資」

古いマニュアルの更新を、「面倒な事務作業」と捉えると、また10年放置されます。そうではなく、経営を守る投資として見てください。放置して法令違反・是正命令・賠償のリスクを抱え続けるのか、更新して会社と従業員を守るのか——天秤にかければ、答えは明らかです。しかも、こうした防災・減災の体制づくりは、「事業継続力強化計画」の認定を通じて税制や補助の後押しにつながる道もあります(制度は改定で変わるため要確認)。

次の一歩

まず、自社の防災マニュアル(消防計画)の作成日と、最後に更新した日を確認してください。そして、上の「見分け方」の6つに当てはまるものがないか、目を通す。当てはまるものがあれば、それが更新の出発点です。水害後の復旧まで見据えた備えは工場の水害は水が引いてからが本番も、あわせてご覧いただけたら嬉しいです。

出典・参考(2026年9月時点)

法令・制度は改定されます。最新は各機関でご確認ください。

※本記事は一般的な情報提供です。避難情報の一本化(2021年)等の制度、消防計画の要否・様式、安全配慮義務の具体的範囲は、規模・用途・時点により異なります。法的責任・賠償の個別判断は弁護士の領域です。個別の対応は所轄消防・専門家への確認のうえ進めてください。

シェアをよろしくお願いします。
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次