会社の地震対策は”現地が困ったこと”から|南海トラフ・熊本の教訓

皆さん、こんにちは。Fire Risk Management(FRM)(ファイヤーリスクマネジメント)の松永浩行です。

「地震対策」と聞くと、まず被害想定の”大きな数字”が浮かびます。ですが、工場の備えを本当に動かすのは、数字ではありません。実際に被災地が”何に困ったか”です。今日は、南海トラフの新想定と、熊本地震で現地が直面した困りごとを一次情報で確かめたうえで、工場が今日から、100円ショップで少しずつ始められる備えまで、査察で30年現場を見てきた立場でお話しします。

目次

南海トラフ地震の規模(2025年3月の新想定)

内閣府は2025年3月、南海トラフ巨大地震の被害想定を約10年ぶりに見直しました。最悪ケースで、死者は約29.8万人、経済被害は約292兆円。建物の全壊・焼失は約235万棟にのぼると想定されています。

工場経営で見ておくべきは、人の被害だけでなく、生活・操業インフラの停止です。同じ想定で、停電は約2,710万軒(東海・近畿・四国・九州の広い範囲で約9割)、断水も広域(静岡・三重・高知・大分などで9割以上)と見込まれています。つまり、たとえ建物が持ちこたえても、電気と水が長く止まる前提で考える必要がある、ということです。

熊本地震で、現地は「何に」困ったのか

数字を”自分ごと”にするには、実際の被災地の困りごとを知るのがいちばんです。2016年の熊本地震では、こんな現実がありました。

  • トイレが使えない。 広範囲の断水でトイレの確保が課題になりました。ところが、簡易・携帯トイレを家庭で備えていた人は約2割にとどまり、被災地に備蓄されていた仮設トイレには、水洗機能のない旧式のものもありました。
  • 物資は3日たっても足りない。 発災3日目に避難者数がピーク(約18.4万人)を迎えた一方、同じ日の食料供給は約13万食で、大きく不足していました。「支援はすぐ来る」は成り立ちません。
  • 車中泊と健康被害。 熊本県の調査では、避難した場所を「車の中」と答えた人が約7割。車中泊で困ったことの1位は「健康」で、エコノミークラス症候群をうかがわせる声や、「水洗トイレがない」「夜、仮設トイレに行くのが不安」といった衛生・安全面の不安が並びました。

ここから見える教訓は、はっきりしています。人が困るのは「揺れ」そのものより、その後に続く”水・トイレ・物資が止まった数日間”だ、ということです。

工場ならではの、揺れそのものへの備え

生活の備蓄を先に挙げましたが、工場には、家庭には無い”揺れの瞬間”のリスクがあります。ここは、消防でいちばん見てきた部分です。

  • 危険物・薬品の容器:転倒・落下・破損で中身が流出すると、火災や環境事故につながります。棚からの落下防止、容器の固定、防液堤や受け皿の確認を。指定数量を扱う工場では、流出は消防・環境の両面で大ごとになります。
  • 設備・什器・ラックの固定:重量物や機械、棚が倒れれば、人身事故にも、避難路の閉塞にもなります。アンカーで固定し、通路の上や避難口の近くに倒れる物を置かない。
  • 火気と電源の初期対応:地震直後の出火や、停電復旧時の「通電火災」を防ぐ。誰が、どの元栓・ブレーカーを、どの順で操作するかを決めておく。

揺れで人と設備を守れて、はじめて、その後の”数日”を戦えます。生活備蓄と、この”揺れ対策”は両輪です。

だから工場が備えること(発災後「数日を自力で」)

救助・救急には「72時間の壁」があります。阪神・淡路大震災では、生存率が1日目74.9%から、72時間を過ぎた4日目には5.4%へ落ちました。緊急の救助はこの3日に集中し、個々の会社への外部支援は後回しになります。だから工場も、最低3日、できれば1週間、自力で持ちこたえる前提で備えます(南海トラフのような広域災害では「1週間以上」が望ましいとされています)。

具体的には、次の4つです。

  • 水・食料:従業員の人数分×最低3日。断水前提なので、飲料水は多めに。
  • トイレ(断水前提):携帯トイレ(凝固剤付き)を人数×日数分。ここが、熊本でいちばん抜けていた部分です。
  • 停電への備え:明かり、電池、情報を取る手段、スマホの電源。
  • 従業員が施設内で待機できる備え:大きな地震の直後は、一斉に帰ろうとせず、施設内で安全に待つほうがよい場面があります。そのための水・食料・毛布・簡易トイレを見込んでおく。

これらは「危ないから」ではなく、止まった数日で従業員を守り、操業の再開を早めるための投資です。止まる時間が延びれば、売上も取引先の信用も失う(損失額は業種・規模で変わる試算・目安です)。

「100円均一で、少しずつ」始めていい

「防災倉庫を一度に完璧に作る」——そう身構えると、たいてい後回しになり、結局ゼロのままです。査察でも、「立派な計画はあるが、モノが何もない」工場を何度も見ました。
正直、防災グッズはいらないものも入っており割高です。そもそも必要なものは人によって違う。

だから、始め方はこれでいい。100円ショップで、少しずつ。 携帯トイレ、大きなポリ袋、ラップ、使い捨ての食器・箸、軍手、簡易ライト、乾電池、アルミの保温シート、ウェットティッシュ、養生テープ、笛——こうした基本の多くは、100円ショップでそろいます。まず今日、ひとつ買って置く。 来週また少し足す。この”少しずつ”が、一度に完璧を目指して何も進まないより、はるかに確実です。人数分×3日を目標に、買い物のたびに積み増していきましょう。

モノの次は「人」――誰が何をするかを、社員で共有する

ただし、モノを置くだけでは動きません。いざというとき、誰が安否を確認し、誰が備蓄を配り、誰が待機の判断をするのか。 これを社員で共有していないと、せっかくの備えが使われません。ここは、避難訓練を”形だけ”にしない設計と同じ話です(防災訓練のマンネリ化を防ぐ)。

FRMでは、こうした社員向けの防災研修・防火/防災管理の講習も、現場に合わせて承っています。「まず何から社員に伝えればいいか」——その整理からご一緒できます。備えは、モノと人の両輪で、はじめて会社を守ります。今日の”ひとつ”を、その第一歩にしてください。

その備えは、”投資”にできる

なお、こうした耐震・防災・非常用電源などの設備投資は、「事業継続力強化計画」の認定を通じて、税制の特別償却や、日本政策金融公庫の低利融資、補助金の加点につながる場合があります(制度は改定で変わるため、その時点での確認が必要です)。同じ備えでも、”出ていくだけのコスト”にせず、”一部が返ってくる投資”にできる。地震対策は、経営の負担を抑えながら進められます。

出典・参考(2026年9月時点)

数値・想定は公表時点のものです。最新は各機関でご確認ください。

※熊本地震の避難者数・食料供給・トイレ備蓄・車中泊の割合は、内閣府・熊本県等の記録および報道にもとづく2016年当時の値です。本記事は一般的な情報提供で、被害想定・備蓄量の目安は立地・規模により異なります。個別の対応は所轄・専門家への確認のうえ進めてください。

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